日本の仏塔 日本 仏塔 長谷川周 アジア 仏塔 長谷川周 インド 仏塔 写真家 長谷川周 日本の仏塔
アジアの仏塔 アジアの仏塔
日本とアジアの仏塔
日本とアジアの仏塔 トップへ 日本とアジアの仏塔 アミューズメント 日本とアジアの仏塔 コンテンツ 日本とアジアの仏塔 プロフィール 日本とアジアの仏塔 日本とアジアの仏塔 お問い合わせ


南方ルート インド

【インドの仏塔】 
 我々は塔というと細高くそびえる形態を思い浮かぶが、仏塔の発祥の地インド・サンチィーには、現在、第一仏塔、第二仏塔、第三仏塔と仏塔が三つ残っており、その付近には馬蹄形プランの寺院跡や僧院跡が残っている。仏塔はそれぞれに特徴を持ち、釈尊の姿を象徴化した彫刻で有名なのが第一仏塔、欄循に薄く装飾彫刻が残るサンチーでは最も古いといわれる第二仏塔、小さいながらも一部彫刻の残る、釈尊の弟子「舎利弗」尊者、「目連」尊者を記念して建立されたといわれる第三仏塔である。
 ストゥーパ(仏塔)第1塔の周囲には、欄楯と呼ばれる玉垣を廻らせて、東西南北に、釈迦の偉大なる行為を讚する仏伝図や本生図、蓮華文様、豊餓多産を司る神ヤクシャ(男)ヤクシー(女)をはじめとする神々をストゥーパの守護神とした、豊かな浮き彫り彫刻を施した三本の横梁を持った「トラーナ」とよばれる塔門を建てた入り口を設けた円形聖域を区画し、その聖域の中に円形基壇を施し、その上に仏舎利を納めた半球形の覆鉢(伏鉢)を載せ、頂部に平頭と呼ばれる方形の囲いを設け、中心に傘蓋を立てた形が古いストゥーパ(仏塔)の基本構造で、その形態が地域や時代によって変化したのである。

 仏教宣布の広がりとともにストゥーパはインド各地に新しいく造立されたり、中心となる塔の周囲に奉献塔と呼ばれる小塔を建てたりと、仏舎利崇拝にともない増広するのだが、南インド・カールリーのチャイトヤ窟(4号窟)のストゥーパの頂上に九輪部の原形である木造の傘部が現存する。(2.000年前のもの)また、アジャンタ岩窟寺院の第10窟(小乗仏教)・19窟(大乗仏教)、エローラ岩窟寺院の第10窟やカールラ岩窟寺院には列柱、柱頭などに豪華な彫刻が施されたチャイトヤ窟(礼拝所)に崇拝の対象として仏舎利を納めた古い形のストゥーパ(仏塔)や、アジャンタ岩窟寺院19窟、エローラ岩窟寺院の第10窟にはストゥーパ(仏塔)の前面に仏像が置かれ、崇拝の対象がストゥーパ(仏舎利)信仰から、現代の仏像崇拝へと崇拝の変革も見られる、神秘的な空間を作り出している。




このページの先頭へ

*このホームページ中の写真、文章の著作権は、すべて写真家・長谷川 周に帰属します。
  著作者に無断でサイトや印刷物などに無断で転載、修正使用など全ての転用・流用を禁止いたします。


Copyright, Makoto Hasegawa since 2001 All rights reserved.